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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)192号 判決

オランダ国

ハールレム、ピー.オー.ボックス 9578、

エヌエル-2003 エルエヌ、ヴァーデルヴェック 45

原告

フェリング ビー.ヴィ.

同代表者

フレデリック ポールセン

同訴訟代理人弁理士

小沢慶之輔

篠田通子

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

横尾俊一

吉村康男

市川信郷

関口博

主文

特許庁が平成4年審判第18674号事件について平成6年3月16日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「抗利尿剤1-デアミノ-8-D-アルギニン-バソプレッシン及び抗利尿法」(後に「抗利尿剤」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1984年11月15日を国際出願日とする国際出願(昭和59年特許願第504375号)をしたが、平成4年6月17日拒絶査定を受けたので、同年10月5日審判を請求し、平成4年審判第18674号事件として審理された結果、平成6年3月16日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年4月20日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

胃腸で吸収可能で抗利尿効果のある量の1-デアミノ-8-D-アルギニン-バソプレッシンを主成分とし医薬的に許容できる担体を副成分とした組成物からなる胃腸吸収用固形経口投薬形抗利尿剤。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、Am.J.Physiol、243〔5〕、1982年発行、R491~499(以下「引用例」という。)には、抗利尿剤1-デアミノ-8-D-アルギニン-バソプレッシン(以下「DDAVP」という。)水溶液を鼠に経口投与したところ治療効果があること及び抗利尿剤アルギニン-バソプレッシン(以下「AVP」という。)水溶液は鼠に経口投与したところ治療効果がないことが記載されている。

(3)  そこで、本願発明と引用例に記載されたものとを比較すると、両者は、DDAVPを主成分とする経口抗利尿剤である点で一致し、〈1〉本願発明はヒトの治療用を含めたものであるのに対し、引用例に記載されたものは鼠に対する治療効果を示すものである点、〈2〉本願発明は医薬的に許容できる担体を副成分とした胃腸吸収用固形経口投薬剤であるのに対し、引用例に記載されたものは水溶液経口投薬剤である点で相違する。

(4)  上記相違点について検討する。

〈1〉 相違点〈1〉について

ペプチド体からなる医薬は、通常、経口投与すると分解され、治療効果がなく、ペプチド体である抗利尿剤バソプレッシンは、経口投与では治療効果が得られないと考えられるところであるが、上記引用例の記載は、ヒトを含め多くの哺乳類が産出するバソプレッシンであるAVPはその水溶液を経口投与しても治療効果がないが、その誘導体であるDDAVPは、その水溶液を経口投与したところ治療効果があることを示しているので、鼠はヒトと同じ哺乳類に属する動物であり、ヒト用の医薬の開発にあたり、動物実験に用いられる動物であること及びDDAVPは周知のヒト用の抗利尿剤であることを参酌すれば、DDAVPをヒト用の経口投薬剤として使用することは、当業者ならば容易に想到し得ることである。

〈2〉 相違点〈2〉について

経口投与薬剤の剤形を、用途に合わせ、適宜選択することは当業者が当然に行うことであるので、経口投与剤の剤形として周知の剤形である医薬的に許容できる担体を副成分とした胃腸吸収用固形経口投薬剤とすることは当業者が容易になし得ることである。

〈3〉 そして、上記相違点に基づく本願発明の効果は、引用例に記載されたものから、当業者であれば予想できる程度のものである。

(5)  したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)は認める。同(2)は、「経口投与」につき「単に薬物を口から投与する」というものである限りにおいて認める。同(3)のうち、本願発明と引用例記載のものとの一致点の認定は争う。相違点の認定は認める(但し、「引用例に記載されたものは水溶液経口投薬剤である」との点は争う。)。同(4)〈1〉のうち、「上記引用例の記載は、ヒトを含め多くの哺乳類が産出するバソプレッシンであるAVPはその水溶液を経口投与しても治療効果がないが、その誘導体であるDDAVPは、その水溶液を経口投与したところ治療効果があることを示している」との点、「DDAVPをヒト用の経口投薬剤として使用することは、当業者ならば容易に想到し得ることである。」との点は争い、その余は認める。同(4)〈2〉、〈3〉、同(5)は争う。

審決は、引用例の技術事項を誤認して本願発明と引用例記載のものとの一致点の認定を誤り、相違点〈1〉及び〈2〉についての判断をいずれも誤り、かつ、本願発明の顕著な効果を看過して、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  一致点の認定の誤り(取消事由1)

〈1〉 一般に経口投与薬剤とは、食物の吸収経路(主に胃や腸)を利用して医薬品を投与しようとするものである。本願発明における経口投与薬剤も胃腸吸収用を目的としたものである。

これに対し、引用例(甲第5号証)記載の動物実験においては、DDAVP及びAVPを水溶液の形で鼠に飲ませているが、その投与前に大量の水を飲ませているから、DDAVP及びAVPは胃の粘膜と接触しにくい状態にあった。したたがって、引用例の実験はDDAVP及びAVPの胃腸管吸収性を調べる実験に該当しないので、経口投与薬剤としての有効性を開示するものではない。

引用例の発行当時(1982年)、DDAVPは舌下錠(薬効成分を主として口腔粘膜により吸収させる薬剤の一形態)として投与される場合に効果があるが、AVPは同じ投与量では効果がないことが知られていたから、当業者は当然、引用例の実験におけるDDAVP水溶液とAVP水溶液との治療効果の差異は、DDAVPとAVPの主として口腔、一部は鼻腔及び食道における吸収の差によるものと解釈し、決して胃腸管における酵素分解の差によるものと解釈しなかったはずである。

上記のとおり、引用例は、DDAVPとAVPを、主として口腔吸収用の形態で鼠に投与した場合の治療効果を開示するにすぎず、胃腸管吸収を目的とする経口投与薬剤として開示するものではない。

したがって、本願発明も引用例記載のものも、単に薬物(DDAVP)を口から投与するという点で一致することから、両者はDDAVPを主成分とする経口抗利尿剤である点で一致するとした審決の認定は誤りである。

〈2〉 被告は、引用例のR497頁左欄下から2行ないし右欄下から12行の記載(「記載(イ)」)及びR498頁右欄13行ないし24行の記載(「記載(ロ)」)を引用し、引用例はDDAVPが胃腸吸収用の経口投与薬剤として有効であることを開示している旨主張する。

しかし、引用例の上記記載は、ディスカッションの項に含まれているもので、他の文献の記載事項を引用して実験結果を検討した部分である。被告が特に言及している記載(イ)における「胃管栄養法により投与する場合、この類似体は天然ホルモンよりも、有意に効能があること(29)」はヴァブラ(VAVRA)外による文献の記述を引用したもので、引用例の実験では胃管栄養法で鼠に薬剤を投与しているのではない。そして、記載(イ)中の文献(29)は、結論として、「DDAVPの経口投与は多量の投与が必要であり、治療上実用的であるかどうかは疑問である」と述べている。また、記載(ロ)において、引用例の著者は、「dDAVPの経口投与治療は、DIラットにおける迅速、安定且つ予測しうる抗利尿レベルを達成するための実際的な手段である」と自賛的に結論しているが、この結論は実験結果からみる限り誤りであると思料される。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

また被告は、引用例の実験において、薬剤投与前に水を飲ませていることについて、抗利尿効果を試験するために必要であって、胃腸管吸収を妨げるものではなく、本願明細書に記載の比較試験においても、薬剤投与前に被験者に水を飲ませている旨主張する。

しかし、引用例の実験において、鼠に薬剤投与前に水が自由に飲めるようにしているのは、水分平衡を適度に維持し、薬効をより顕著にするためであって、尿崩症の鼠は必ずしも水過剰にする必要はない。一方、本願明細書の比較試験における患者は健康であるため、抗利尿作用を調べるためには、試験に適した水過剰状態にすることが不可欠である。したがって、引用例の実験における薬剤投与前の水の投与と、上記比較試験における薬剤投与前の水の投与とは、その条件及び目的が本質的に相違するのであって、被告の上記主張は理由がない。

さらに被告は、引用例の実験においては、薬剤水溶液が口に含まれて飲み込まれるまでの僅かな時間だけ口腔粘膜に接するにすぎないから、投与された薬剤が口腔粘膜から吸収されたとしてもその量は微量である旨主張する。

しかし、引用例の実験において、鼠は、水又は薬剤水溶液に自由に接近できる状態に置かれていたのであるから、好きな時に飲むことができたのである。鼠は、1回に少しだけではあるが、しばしば飲んだはずであり、このような飲み方は、舌下錠と同様、薬剤が常に口腔内に残留し、口腔での薬剤の吸収が促進される。したがって、鼠の口腔における薬剤吸収はかなり高いと予想される。

(2)  相違点〈1〉の判断の誤り(取消事由2)

上記のとおり、引用例は、DDAVPの胃腸吸収用の経口投与薬剤としての治療効果を開示するものではなく、口腔投与をした場合の(即ち、舌下錠としての)治療効果を示すにすぎない。

また、DDAVPはヒト特有の胃腸管酵素で分解されると伝統的に容認されていたから、ヒト用の胃腸吸収用経口投与剤として用いられていなかった。そして、ヒトと鼠とでは胃腸管での酵素が異なるから、DDAVPが鼠の胃腸で吸収されることが知られていたとしても、直ちにヒトに有効であろうと推定することはできない。

したがって、引用例は、DDAVPにつき、その水溶液の形態での経口投与により治療効果があることを示しているとした審決の認定は誤りであり、この認定を前提とする相違点〈1〉についての審決の判断は誤りである。

(3)  相違点〈2〉の判断の誤り(取消事由3)

DDAVPに関しては、他の薬剤と違い、水溶液の剤形と固形剤の剤形とでは治療効果に差が出るものと当業者には当然予想される。即ち、液剤の場合は、DDAVPは一部分が口腔内で吸収され得ることが予想される。固形剤の場合は、胃で初めて溶解されるので口腔での吸収は期待されない。したがって、DDAVPが胃腸で吸収され得ることが知られていなければ、当業者はDDAVP水溶液を固形の剤形に変更することはないはずである。

引用例の実験におけるDDAVP液剤の効果は、DDAVPの口腔粘膜吸収によるものであり、さらに、鼻腔粘膜吸収も大きく寄与すると考えられるから、液剤を口腔粘膜及び鼻腔粘膜との接触が極めて少ない固形剤に変更しても、同様の効果が得られるとは考えられず、DDAVPの剤形に関しては、当業者は、液剤を固形剤に変更することはしない。

したがって、当業者がDDAVPの剤形を用途に合わせて適宜選択することはあり得ないというべきであって、相違点〈2〉についての審決の判断は誤りである。

(4)  本願発明の効果の看過(取消事由4)

引用例の実験はDDAVPの胃腸吸収性及びその有効性を調べる実験に該当しない。また、当該実験は、以下述べるとおり、DDAVPの胃腸吸収を目的とする経口投与が実用的でないことを示唆している。

引用例のR492頁右欄下から11行ないしR493頁左欄5行、特にR493頁左欄1行ないし5行には、「同じUosmol(浸透圧重量モル濃度)レベルを維持するために要するDDAVPの経口投与量と非経口投与量の投与量比は1,100:1であった。」ことが記載されている。DDAVPを経口投与した場合、非経口投与量の1,100倍ものDDAVPが同じレベルの浸透圧重量モル濃度(即ち、同等の治療効果)を維持するのに必要であることは、DDAVPが経口投与に適していないことを示唆するものである。審決でいう経口投与は、本願発明における経口投与とは実質的内容が違い、口腔内での吸収が大きく寄与することを考慮すると、もし引用例の経口投与でDDAVPの胃腸内吸収があったとしても、非経口投与の場合と比べて1100分の1よりもはるかに少なく、例えば2000分の1以下と当業者は予想するであろう。

審決は、本願発明の効果は引用例に記載されたものから当業者であれば予想できる程度のものであると判断しているが、本願発明の効果は引用例の開示事項からは予想外のものであって、審決は、本願発明の顕著な効果を看過したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  主張

(1)  取消事由1について

〈1〉 経口投与とは薬物を口から投与することを意味するものであって、薬物が吸収される部位についてまで限定した用語ではない。しかし、経口投与における薬物の吸収部位は一般に胃や腸であるから、通常の意味で用いられる「経口投与」という用語は、口腔粘膜における吸収を目的とする製剤の投与形態を含まない。

審決における「経口投与」という用語も、上記のような通常の意味で用いられるところに従い使用したものである。

〈2〉 引用例には、実験の結果についてのディスカッション中に、(イ)「これらの報告は、天然バソプレッシンによる治療は可能ではあったが、十分ではないことを示唆する。本実験は、AVPの経口活性を確認した。しかし、多量の投与を必要とするため、われわれは、より有効な薬剤を探索した。dDAVPは、合成のAVP類似物であり、AVPの3倍に及ぶ抗利尿活性を有し、一方昇圧活性をほとんど欠いている。この類似体は、視床下部性尿崩症のラット(24、25、29)、イヌ(13)及びヒト(1、23、30)の治療に有効であると認識されている。胃管栄養法により投与する場合、この類似体は天然ホルモンよりも、有意に効能があること(29)に注目すべきである。」(R497頁左欄下から2行ないし右欄下から12行)、(ロ)「要約すれば、dDAVPの経口投与治療は、DIラットにおける迅速、安全且つ予測しうる抗利尿レベルを達成するための実際的な手段である、と我々は結論する。DIラットにおけるheterozygousレベルのUosmol値の急速な形成を阻害するいかなる腎臓の障害も観察されなかった。実験動物を処置したり傷つけたりする必要はなく、日常の皮下注射における危険も回避された。日々一定の純粋な抗利尿活性が容易に達成された。経口抗利尿治療は、他の代替治療と同様、正常な抗利尿状態を達成するだけとはいえ、すでに実験的研究(6、7)において実質的な価値を有することが判明している。」(R498頁右欄13行ないし24行)と記載されている。

上記記載(イ)における「胃管栄養法(gasteric gavage)」は、管を通じて胃に直接栄養液を送る方法であるから、胃管栄養法による投与とは、薬剤を直接胃に送る投与法を意味することとなり、引用例には、DDAVPの水溶液を直接胃に導入する方法を採用した場合、天然ホルモン即ちAVPよりもはるかに強力な薬理効果が得られることが記載されていることになる。そうすると、上記記載(イ)及び記載(ロ)は、DDAVP液剤が「胃腸吸収用の経口投与薬剤」として有効であることを示すものであり、引用例に記載の「経口投与」は、胃腸吸収を目的とする投与を意味するものであって、原告の主張する、口腔あるいは鼻腔における吸収を意味するものでないことは明らかである。

〈3〉 原告は、引用例の実験においては、DDAVPの投与前に鼠に大量の水を飲ませているから、胃腸管吸収性を調べる実験に該当しない旨主張するが、薬剤を投与する前に水を飲ませて水過剰の状態とすることは抗利尿効果を試験するために必要であって、本願明細書に記載された比較試験(甲第2号証5頁1行ないし6頁7行)においても、薬剤を経口投与する前に被験者に水を飲ませているから、水を飲ませることは胃腸管吸収を妨げるものではないのであって、上記主張は理由がない。

また原告は、引用例は薬剤を口腔吸収用の形態で鼠に投与した場合の治療効果を開示するにすぎない旨主張する。

しかし、引用例の実験において、薬剤は水溶液として投与されており、薬剤は水溶液が口に含まれて飲み込まれるまでの僅かな時間だけ口腔粘膜に接するにすぎないから、投与された薬剤が口腔粘膜から吸収されるとしてもその量は微量である。そして、引用例において薬剤を口から投与した結果、抗利尿効果が得られていること、及び、経口投与の場合の薬剤の吸収部位は主として小腸であること(乙第2号証9頁9行ないし16行)からしても、引用例はDDAVPの経口投与剤としての効果を開示しているものというべきである。

したがって、原告の上記主張は理由がない。

(2)  取消事由2について

医薬品の開発においては、ヒトに対する臨床試験を行う前に動物実験を行って、その治療効果及び安全性などの確認を行うのが通例であり、抗利尿剤の薬効の評価は、通常、鼠を用いる試験により行われているから、引用例の実験がDDAVPをヒトに適用することを前提とするものであることは明らかである。

そして、上記(1)〈2〉の記載(イ)、(ロ)からも明らかなように、引用例においてはDDAVPの経口投与(胃腸吸収)が鼠において有効であると結論づけられており、DDAVPのヒトにおける薬理作用自体が本願出願前にすでに知られている以上、DDAVPがヒト用抗利尿剤として経口投与薬剤の剤形で使用できるか否かの確認は、単にDDAVPを実際にヒトに経口投与した場合の効果を確認するだけのことにすぎず、何ら困難性はない。

したがって、ヒトと鼠とで胃腸管の酵素が相違するとしても、動物実験の結果に基づき、DDAVPが経口投与剤としてヒトに有効であることを推認することはきわめて容易であるというべきである。

(3)  取消事由3について

上記のとおり、引用例には、経口投与剤としてのDDAVPが記載されており、乙第1号証61頁の図14-3に示されるように、固形剤で投与しても、薬剤は一度溶解してから吸収されるから、剤形が固形であるか液剤であるかで薬効が異なるものではない。また、固形剤は最も普通の剤形であるから、実際に使用する場合に固形剤とすることは容易になし得ることである。

(4)  取消事由4について

引用例の実験における非経口投与は、腹腔内に浸透圧ポンプを埋設し、薬剤50pg/min/Kgの割合で7日間、少量ずつ長時間にわたり連続して投与するものである(甲第5号証R492頁左欄下から17行ないし2行)。甲第7号証処方箋においては、成人に対し1~4μgを1日1~2回、注射により投与するものである。このように、引用例の実験における非経口投与と甲第7号証における注射とでは、その投与条件が異なるから、引用例の実験における投与量比から経口投与と注射における投与量を論ずることは妥当でない。

一般に、経口投与の場合は、吸収されずに排泄される部分があり、また吸収されても肝臓で分解を受ける場合があるため、注射に比べて投与量は大きいものとなる。しかし、投与経路は投与の容易さなどの条件を考慮して決められるものであって、経口投与は最も基本的な投与経路として繁用されていることを考慮すると、経口投与の場合の投与量が、非経口投与の場合の投与量の1100倍程度になるからといって、経口投与が実用にならないということはできない。

さらに、引用例の上記記載(ロ)においては、実験結果を踏まえ、また、安全性の面での皮下注射に対する経口投与の有効性を考察して、DDAVPの経口投与治療は、迅速、安定かつ予測し得る抗利尿作用の実際的な手段であり、他の代替治療法と同様、実質的な価値を有するものと結論づけているから、引用例には、DDAVPの経口投与が有効であることが記載されているとするのが妥当であって、投与量に関する記載のみから、引用例には、DDAVPの経口投与が実用にならないことが示されているとすべきでないことは明白である。

したがって、本願発明の効果は、引用例の実験におけるDDAVPの経口投与の有効性等に基づき、通常の手順に従って、臨床試験の結果として単に確認したにすぎないものであって、格別のものとはいえない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも(甲第7号証、第10号証については原本の存在も)、当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証ないし第4号証によれば、本願発明の概要は次のとおりであることが認められる。すなわち、

「DDAVPは抗利尿活性が高く且つ特異的であって、・・・尿崩症の治療に有用である。」(甲第2号証1頁8行ないし10行、甲第4号証2頁10行)ところ、「DDAVPの様な蛋白質及びペプチッド類が胃や腸管内では実質的にほとんど吸収されず、分解せられることは伝統的に容認されてきている。」(甲第2号証1頁11行ないし13行)ことから、「ペプチッドや蛋白質を基体とした薬剤は伝統的に皮下に投与されるか、鼻口腔の粘膜からの吸収により投与されて来ている。」(甲第2号証1頁13行ないし15行)が、「DDAVPは乾燥状態では安定であるが、溶液状態で用いるときは溶液を冷蔵し、また防腐剤を加えなければならない。」(甲第2号証1頁下から4行ないし2行)という問題点があることに加え、DDAVPの投与方法において、一般的な、格付けプラスチック管を使用して溶液を鼻孔の中に噴入して投与する方法は、老年患者には実施が困難で、かつ、鼻の中の細毛を犯し、ビールスや細菌が容易に粘膜に到達するようになるという問題点があり(甲第2号証1頁18行ないし24行)、DDAVP溶液を普通のポンプスプレーから投与する方法は、用量が信頼できず、かつ、無駄な量が多いという問題点があり(甲第2号証1頁末行ないし2頁2行)、舌下錠にした場合においても、溶解に時間を要し、薬効が患者の唾液分泌に依存するという問題点がある(甲第2号証2頁2行ないし4行)ことから、本願発明は、これらの問題点を解決すべく、「経口投与用の一投薬量型のDDAVP配合物を提供する」(甲第2号証2頁11行、12行、甲第3号証2頁12行、13行)こと、「DDAVPの消化器吸収を可能にするために、消化器官中で溶解するDDAVP配合物を提供する」(甲第2号証2頁13行、14行)こと、「防腐剤及び/又は氷冷を必要とすることなく、安定なDDAVP配合物を提供する」(甲第2号証2頁16行、17行)ことを目的とするものであって、「本発明は一方では、ヒト用の経口投与型の抗利尿組織物を提供する。この組成物は、抗利尿的に有効な量のDDAVP及び医学上許容しうる担体からなっている。この配合物はヒトの消化器官中で溶解し吸収されることが出来る。他方、本発明は崩尿症の治療法を提供する。この方法はヒトにDDAVPの抗利尿的に有効な量を経口的に投与することよりなっている。そのDDAVPはヒトの消化器官中で解けまた吸収される。」(甲第2号証2頁24行ないし3頁5行、甲第4号証2頁16行ないし18行)、「本発明においては抗利尿性を開始させるのに用いたDDAVPの経口投与量は、多尿症を制御するために尿崩症にかかっている患者に鼻から用いるDDAVPの量より僅かに高いだけである。本発明の配合物にあっては、抗利尿的に有効な量のDDAVPを経口投与形で使用できる。」(甲第2号証3頁10行ないし15行。甲第4号証3頁2行ないし7行)という効果を奏するものである。

3  取消事由に対する判断

(1)  審決の理由の要点(2)について、「経口投与」につき「単に薬物を口から投与する」というものである限りにおいては原告も認めるところであり、同(3)のうちの相違点の認定(但し、「引用例に記載されたものは水溶液経口投薬剤である」との点を除く。)については当事者間に争いがない。

(2)  取消事由1について

〈1〉  「経口投与」は、通常、薬剤吸収部位との関連において、薬剤を食物の吸収経路(主に胃腸)を利用して投与することを意味し(乙第1号証59頁左欄6行ないし9行)、薬剤を口腔粘膜から吸収させる投与形態を含まないものとして用いられる用語である。そして、被告の主張によれば、審決においても、「経口投与」につき、上記のような通常の意味を有するものとして用いられているものと認められる。

そこで、引用例に薬剤(DDAVP)の胃腸吸収を目的とする投与形態が開示されているか否かについて、以下検討する。

〈2〉引用例(甲第5号証)には、次の各記載があることが認められる。

(a)「視床下部尿崩症では、水分平衡は、主として渇きの機構を通して達成される。抗利尿剤の飲用水への投与は、容量と浸透圧調節欲動に対する抗利尿応答を回復しなければならない。この仮説を検定するために、同性のBrattleboro系ラットに対して、アルギニンバソプレッシン(AVP)と1-デアミノ-8-D-アルギニンバソプレッシン(dDAVP)をそれぞれ10~10,000μg/l(AVP)と5~10,000μg/l(dDAVP)の濃度で飲料水に溶かして与えた。経口AVPは、効果がないことが判った。経口dDAVPは、(1)2.3~2,559μg・day-1・kg-1の範囲のdDAVP投与量の連続増加、(2)306~1,796mosmol(浸透圧ミリモル)/kgの範囲の尿浸透度(osmolality)の投与量依存の増加、(3)尿溶質排泄の投与量依存の減少となった。各dDAVP投与量レベルで、24時間、安定した生理状態が達成された。dDAVPを増大する投与量で投与した時も、また治療を高投与量で開始した時にも、同様の抗利尿状態が達成された。これらの発見は、飲料水に適当な抗利尿剤を含有することによって、容量-浸透圧調節欲動に対する腎応答を回復することができることを示している。」(R491頁左欄4行ないし22行)

(b)「経口投与したAVPとdDAVP:3頭の雄のDIラットに、蒸留水を4日間飲ませ、その後、AVPを増大する濃度(10~10,000μg/l)で与えた。各ラットには、少なくとも4日間、各濃度で飲ませた。各AVP濃度での最後の2日間のUosmolの平均値を決定した。それぞれ3頭のDIラット(2頭の雄と1頭の雌)の3ケの別の実験グループに、蒸留水を10日間のコントロール期間飲ませ、その後、同族体であるdDAVPをそれぞれ10、30、100μg/lの濃度で含む水を与えた。10日後、dDAVPの濃度を、10日間、それぞれ30、100、300μg/lに増大し、さらに最後の10日間、それぞれ100、300、1,000μg/lに増大した。非常に高い尿浸透度を達成するための試みでは、高濃度グループには、最後の実験期間中の4日間、2,000μg/lのdDAVPを飲ませた。・・・最後の実験期間の終了後、さらに5日間、全供試動物に蒸留水を飲ませた。各薬剤レベルでの最後の4日間(2,000μg/lのdDAVPを飲ませた動物の場合は2日間)に測定した尿容量(Uvol)とUosmolについて、計算で平均値を出した。」(R492頁左欄11行ないし33行)

(c)「経口投与したAVPとdDAVPの効果:経口投与した天然ホルモンと同族体の抗利尿効果を、所定の増大する濃度のAVPまたはdDAVPを含有する飲料水に与えたDIラットについて決定した。最大AVP投与量に於いてのみ、Uosmolがコントロールレベル(P<0.001)よりもはるかに増加した(第1図)。一方、dDAVPを10μg/lと云う少量をラットに飲ませた時、Uosmolは、平均コントロール値181mosmol/kg-H2Oから322mosmol/kg-H2Oに増加した(P<0.001)。飲料水中のdDAVPの濃度がさらに増加すると、Uosmolに、相互的で非直線的変化が現われた(第1図)。1,000μg/lのdDAVP濃度では、Uosmolは968mosmolであり、これは、異性レベルの1,626mosmolよりもまだはるかに低かった(P<0.001)。しかしながら、2,000μg/lのdDAVPを飲ませたDIラットでは、1,520mosmolのUosmol平均値を達成し、これは異性レベルのものとそれほど変わらなかった(P>0.1)」(R492頁右欄30行ないし45行)

上記各記載によれば、引用例の実験においては、尿崩症の鼠に、10日間(コントロール期間)水を飲ませた後、各実験期間(各10日間)中、所定濃度のDDAVPを含む水(DDAVP液剤)を飲ませたこと、その結果、DDAVPによる有意の抗利尿効果を確認できたことが認められる。そして、上記実験において確認できた有意の抗利尿効果は、鼠が飲んだDDAVP液剤が口から胃に達するまでの間、及び/又は、胃に達した時、それらの粘膜からDDAVPを吸収したことによるものであることは明らかである。

〈3〉そこで、鼠は、DDAVPをどの部位で主として吸収したのかについて検討する。

上記記載(b)の引用例の実験の実施態様からみて、鼠は、喉が渇いた時にはいつでも、水もしくはDDAVP液剤に接近し、自由に飲むことができたものと推認される。

そして、乙第2号証中の「粘膜は薬物の透過が比較的容易であるから、粘膜を通じて薬物を投与することがある。」(11頁16行)との記載によれば、口腔粘膜は薬剤の透過が比較的容易な部位であることが認められ、さらに、渇いた口腔粘膜は水を吸収しやすい状態にあることは明らかであるから、引用例の実験において、鼠が喉が渇くたびにDDAVP液剤を口に含み、渇いた状態にある口腔粘膜全体を湿らせた時、口腔粘膜からDDAVPを容易に吸収することができたものと認めるのが相当である。

もっとも、DDAVP液剤が胃に達した後、胃においてもDDAVPが吸収される可能性があることは否定できないが、乙第1号証中の「胃の壁は厚く、薬物の吸収には一般的に適していない。」(59頁右欄1行、2行)との記載によれば、胃は薬剤の吸収には一般的に適していないものと認められることと併せて、引用例の実験においては、DDAVP液剤投与前に、鼠に10日間水を飲ませており、DDAVP液剤投与中も鼠の胃の中には、常にDDAVP液剤として摂取した水が存在していることからすると、鼠の胃においては、口腔粘膜でDDAVPが吸収されDDAVP濃度が低下したDDAVP液剤がさらに希釈されていて、胃におけるDDAVPの吸収は難しい状態となっており、仮に、胃においてDDAVPの吸収があったとしてもその量は微量であると認めるのが相当である。

上記のとおりであって、引用例の実験においては、DDAVPは主として口腔粘膜で吸収されて有意の抗利尿効果を奏するものであって、胃腸管において吸収されることを目的として投与されたものではないものと認められる。

〈4〉  被告は、引用例中の「これらの報告は、天然バソプレッシンによる治療は可能ではあったが、十分ではないことを示唆する。・・・胃管栄養法により投与する場合、この類似体は天然ホルモンよりも、有意な効能があること(29)に注目すべきである。」(R497頁左欄下から2行ないし右欄下から12行)との記載(記載(イ))、及び、「要約すれば、dDAVPの経口投与治療は、DIラットにおける迅速、安定且つ予測しうる抗利尿レベルを達成するための実際的な手段である、と我々は結論する。・・・経口抗利尿治療は、他の代替治療と同様、正常な抗利尿状態を達成するだけとはいえ、すでに実験的研究(6、7)において実質的な評価を有することが判明している。」(R498頁13行ないし24行)との記載(記載(ロ))を引用し、上記記載(イ)、(ロ)は、DDAVP液剤が胃腸吸収用の経口投与薬剤として有効であることを示している旨主張する。

しかしながら、記載(イ)は、引用例の実験の結果を踏まえ、DDAVPがAVPより抗利尿活性を有することを述べるとともに、ヴァブラ(VAVRA)外の著者による文献を引用して、DDAVPを胃管栄養法により投与する場合には、天然ホルモンより効能があることを紹介しているにすぎないのであって、引用例の実験が、DDAVP液剤を胃腸による吸収を目的として投与していることまでを開示しているものではない。また、記載(ロ)は、同じく引用例の実験の結果を踏まえ、尿崩症の鼠において、DDAVP液剤を口から投与することが、実際的かつ実用的な治療手段であることを示唆するにすぎない。

したがって、記載(イ)、(ロ)は、DDAVP液剤が胃腸吸収用の経口投与薬剤として有効であることを示しているものとは認め難く、被告の上記主張は採用できない。

また被告は、薬剤を投与する前に水を飲ませて水過剰の状態とすることは抗利尿効果を試験するために必要であって、水を飲ませることは胃腸管吸収を妨げるものではなく、本願明細書に記載された比較試験(甲第2号証5頁1行ないし6頁7行)においても、薬剤を経口投与する前に被験者に水を飲ませている旨主張する。

しかし、本願明細書の比較試験における水の投与と、引用例の実験における水の投与は、それぞれその目的及び試験条件において相違することが明らかであるから、被告の上記主張は採用できない。

さらに被告は、引用例の実験において、薬剤は水溶液が口に含まれて飲み込まれるまでの僅かな時間だけ口腔粘膜に接するにすぎないから、投与された薬剤が口腔粘膜から吸収されるとしてもその量は微量である旨主張する。

しかし、前記説示のとおり、口腔粘膜は薬剤の透過が比較的容易な部位であること、鼠の渇いた口腔粘膜は水を吸収し易い状態にあることからすると、DDAVP液剤が口に含まれて飲み込まれるまでの僅かな時間だけ口腔粘膜に接するとしても、吸収されるDDAVPの量が微量であるとは必ずしもいえないものというべきであって、被告の上記主張は採用できない。

〈5〉  以上のとおりであるから、引用例の実験におけるDDAVP液剤は、口から投与される薬剤という点で本願発明と共通するだけであって、胃腸吸収を目的として投与されたものとはいえず、この点は本願発明の胃腸吸収を目的とする経口投与型薬剤と相違するものである。

したがって、「経口投与」につき胃腸吸収を目的とする投与であることを前提としながら、本願発明と引用例記載のものとは、DDAVPを主成分とする経口抗利尿剤である点で一致するとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない。

(3)  取消事由2について

〈1〉  ペプチド体からなる医薬は、通常経口投与すると分解され、治療効果がなく、ペプチド体である抗利尿剤バソプレッシンは、経口投与では治療効果が得られないと考えられていること、鼠はヒトと同じ哺乳類に属する動物であり、ヒト用の医薬の開発にあたり、動物実験に用いられる動物であること及びDDAVPは周知のヒト用の抗利尿剤であることは、当事者間に争いがない。

〈2〉  ところで、同じ薬剤でも吸収部位(例えば、口腔粘膜か胃腸管か)によって薬理効果の異なる場合があることは明らかであるところ、引用例の実験において確認された抗利尿効果は、主として、口腔粘膜から吸収されたDDAVPによるものであるから、DDAVPを胃腸管のみにおいて吸収した場合の薬理効果を示唆するものということはできない。

しかして、上記の点と、鼠とヒトとにおいては、胃腸管酵素や胃酸あるいは肝臓による薬剤分解の態様が異なることを併せ考えると、引用例の実験において確認されたDDAVPの抗利尿効果が、ヒトにおいて、DDAVPを胃腸管で吸収した場合の抗利尿効果を示唆するものでないというべきである。

〈3〉  医薬品の開発においては、ヒトに対する臨床試験を行う前に治療効果及び安全性などを確認する動物実験を行うことが通例であり、抗利尿剤の薬効の評価は、通常、鼠を用いる試験により行われていることからみて、引用例の実験も、DDAVPをヒトに適用することを前提とするものであることは被告主張のとおりと認められるところ、被告は、引用例においてはDDAVPの経口投与(胃腸吸収)が鼠において有効であると結論づけられており、DDAVPのヒトにおける薬理作用自体が本願出願前にすでに知られている以上、DDAVPがヒト用抗利尿剤として経口投与薬剤の剤形で使用できるか否かの確認は、単にDDAVPを実際にヒトに経口投与した場合の効果を確認するだけのことにすぎず、何ら困難性はない旨主張する。

上記〈1〉のとおり、DDAVPは周知のヒト用の抗利尿剤であるが、上記(2)〈3〉に説示のとおり、引用例はDDAVPが胃腸吸収用の経口投与薬剤として有効であることまでを示しているということはできないから、被告の上記主張は採用できない。

〈4〉  以上のとおりであるから、相違点〈1〉について、DDAVPをヒト用の経口投薬剤として使用することは、当業者ならば容易に想到し得ることであるとした審決の判断は誤りというべきである。

(4)  取消事由3について

〈1〉  本願発明は固形の経口投薬剤であるから、胃で初めて溶解された後、DDAVPが胃腸管において吸収され、肝臓を通過した後作用部位に到達することにより抗利尿効果を奏するものである。これに対し、引用例の実験におけるDDAVP液剤は、DDAVPが主として口腔粘膜で吸収され、それによってそのまま抗利尿効果が得られたものである。

ところで、上記(3)〈2〉の説示によっても明らかなとおり、固形剤か液剤かによって薬剤の吸収部位が異なり、その結果、薬理効果が異なる場合があるのであるから、薬剤の剤形は、単に所望の薬理効果に合わせて適宜選択し得る程度のものであるとは認め難く、引用例の実験における抗利尿効果は、DDAVPを胃腸管で吸収した場合の薬理効果を示唆するものではないことを併せ考えると、引用例が、本願発明の剤形(固形剤)を採用することが可能であることを示唆するものでないことは明らかである。

〈2〉  被告は、引用例には経口投与剤としてのDDAVPが記載されており、固形剤で投与しても、薬剤は一度溶解してから吸収されるから、剤形が固形であるか液剤であるかで薬効が異なるものではなく、また、固形剤は最も普通の剤形であるから、実際に使用する場合に固形剤とすることは容易になし得ることである旨主張する。

しかし、引用例には、胃腸吸収を目的とする経口投与型薬剤としてのDDAVPが記載されているわけではない。そして、固形剤は、一度溶解し水溶液になってから薬剤が吸収されるものであるとしても、前記説示のとおり、吸収された後の通過経路が、口腔粘膜から吸収される液剤の場合と異なり、それによって薬理効果が異なる場合もあるから、剤形が固形剤であるか液剤であるかで薬理効果が異なるものではないと直ちにいうことはできない。さらに、薬剤の剤形は所望の薬理効果や薬剤の吸収部位との関連で選択されるべきものと認められるから、固形剤が最も普通の剤形であるからといって、実際に使用する場合に固形剤とすることが容易になし得ることとは必ずしもいえないことは明らかである。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

〈3〉  以上のとおりであるから、相違点〈2〉について、胃腸吸収用固形経口投薬剤とすることは当業者が容易になし得ることであるとした審決の判断は誤りである。

(5)  取消事由4について

〈1〉  前記2項に認定のとおり、本願発明においては、抗利尿的に有効な量のDDAVPが経口的に投与され、消化器官で吸収されるものであって、その投与量が尿崩症患者に対する鼻腔投与量より僅かに多いだけで抗利尿効果を奏するものであるから、ヒトの尿崩症治療において優れた効果を有するものと認められる。そして、上記(2)ないし(4)に説示したところからも明らかなとおり、本願発明の上記効果は、引用例の実験において用いられたDDAVP液剤及びその抗利尿効果からは予測し得ないものと認められる。

〈2〉  被告は、本願発明の効果は、引用例の実験におけるDDAVPの経口投与の有効性等に基づき、通常の手段に従って、臨床試験の結果として単に確認したにすぎないものである旨主張する。

引用例(甲第5号証)には、引用例の実験に関して、「経口投与したdDAVPの分別吸収:実際に吸収された経口投与したdDAVPの分別を推定するために、抗利尿の安定した最大レベルに達するのに要する経口投与量と、同様な抗利尿の安定した最大レベルに達するのに要する非経口投与量とを比較した。・・・これらのポンプから、1ng/hのdDAVPまたは約50pg/min/体重-kgに相当する1μl/hの割合で7日間(製造元の仕様書による)、薬剤注入を行った。毎日の水摂取量、Uvol Uosmolを測定した。」(R492頁左欄44行ないし下から2行)、「dDAVPの分別吸収:経口投与したdDAVPの分別吸収を、同様の安定した、しかし最大レベルの抗利尿を達成するために要する経口投与量と非経口(ミニポンプ)投与量を比較することによって推定した。・・・注入期間中を通じて、dDAVPの平均供給量は、69ng・day-1・kg-1と計算された。同じUosmolレベル(1,000mosmol)を維持するために要するdDAVPの経口投与量は、80μg・day-1・kg-1であった。かくして、この尿浸透度に要する非経口投与dDAVPの投与量比は、1,100:1であった。」(R492頁右欄51行ないしR493頁左欄5行)と記載されており、これらの記載によれば、引用例の実験においては、同じ抗利尿効果を得るためのDDAVPの投与量として、口から投与(口腔投与)する場合は、非経口投与(腹腔内吸収)の場合の約1100倍もの多量のDDAVPが必要であったことが認められ、その意味で、DDAVPは経口(口腔)投与に適していないことを示しているものというべきであり、そのことからしても、本願発明の効果が、引用例の実験におけるDDAVPの経口投与の有効性等に基づき、臨床試験の結果として単に確認したにすぎないものでないことは明らかであって、被告の上記主張は採用できない。

〈3〉  以上のとおりであって、本願発明の効果は引用例に記載されたものから、当業者であれば予想できる程度のものであるとした審決の判断は誤りであり、審決は、本願発明の前記効果を看過したものというべきである。

(6)  以上のとおりであって、原告主張の取消事由はいずれも理由があり、審決は違法として取消しを免れない。

4  よって、原告の本訴請求は正当であるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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